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カテゴリ:ママの慰安性教育 の記事リスト(エントリー順)

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ママ近親相姦

kage

2017/07/17 (Mon)

07_2_024mi.jpg

★母子相姦大好き!
高齢ママ大好き

変態中年息子
江呂塚貫蔵です。

高齢実母、ママ、
お袋、お母さん、
08_3_022yo.jpg
かあさん、が
大好きな母子相姦
ファンの皆様

こんにちは。

いかがおすごしで
しょうか。
07_1_002ma.jpg
------------------
FILE6439.jpg
大学時代
関東のアパートに
一人暮らししていた


実家からよく
宅急便が来た
ほとんどは
ママからだった

日用生活品
食料とか
ほとんど自給
自足で来ているので
必要は無かったが
ママの親心だと
思って受け取っていた
160420cs005.jpg
友人からは
羨ましいがられるのと
同時に、親離れして
いないと揶揄もされた

まあ、ママと僕の
秘密の関係を知らないと
理解はできないとも
思った

たまに、ママの
洋服や下着
靴、サンダルも
送ってきていた

これは、ママが僕の
アパートに定期的に
来るようになってから
始まった

僕のアパートには
女ものの、しかも
大人の女の使う
用品が結構あった
全部ママのものだ

洋服、下着などは
実家で来ているような
ママのものでは無く
派手な洋服が
多かった

スカートは特に
ミニスカートが
多かった

ショートパンツなども
オーバーオールの
タイプで、ストラップ
があるもので、若い子
が着るようなもの

首にひもを引っかける
だけで、背中が大きく
露出したキャミソール

下着は、Tバックに
バストアップブラ
ボディコンワンピース
160420cs016.jpg
ママの衣料品の時には
いつも、手紙が添えて
あった
「シゲ君へ
ママの下着と着替え送ります
ママが次に行まで、ママの
下着でオナニーしてもいいぞ~
(笑)、でも汚したら
洗っちゃだめよ、
シゲの液、ベットリのまま
ママに見せてね♥
はやく、シゲの所に行って
ママが甘えさせてあげる」

と、ママに依存しているように
僕はふるまっていた。

実際の僕の大学時代の
性生活はやはり熟女に
狙われる生活だった。

隣のアパートの
2Fに住む独身熟女に
夏場、窓を開けてオナニー
しているところを上から
見られていたようで
僕が休日に自分のバイクを
道路で触っていると
わざと短いスカートや
ショーパンで、ケツを
振りながら、僕の前を
何回も横切ったりして
僕をじっと見て誘惑していた

ある時は、ポストに
熟女のミニスカ姿の
生写真が入っていた

結局、この女とは
セックスした、と言うか
僕が、いつものように
土曜の昼間にオナニーしている
時に、ドアをノックされ
手土産に、何か食料を
持ってきた振りして
そのまま、アパートに
上がり込まれ、トイレを
貸したら、トイレで
ノーパンになって、
僕のベッドに座って
開脚し僕は悩殺されて
犯されました(笑)
FILE6654.jpg
後は、近所の一軒家の
セレブ奥様が、車庫で
車のバッテリーが上が
上っていたので、親切で
12v電源で、かけて
ディーラーまで運転して
いってあげたら、感謝され
ちょくちょく、僕のアパートに
手造り料理を持ってきて
くれて、通っている大学も
していたので、セレブ熟女
の息子の家庭教師を
週1で頼まれやる事に
なった

この時は、手料理を
持ってきて、3回目くらいに
部屋に上がり込まれ
台所で、ミススカで
無防備にウンチング
スタイルとかされて
僕を悩殺し、最後は
抱き着かれてキスされて
そのまま、交尾。

家庭教師の時は、
旦那さんが、不在の時
が多かったのですが
息子の部屋とは
離れた部屋で、
「おばさんがセックス
教えてあげるプレイ」
毎回求められました。
ーーーーーーーーーーーーー
ママは、オヤジが
逃げてから、一生懸命
働いていた

保険の外交員をはじめ
百貨店のブランド用品の
売り子件営業

ママにとっては、女性相手の
仕事より男相手の
営業の方が慣れが
早かったようだ

ママは、女優に似ているのと
男好きする、少し肉付きの
良い体形で、男が
寄ってくるタイプだったが
寄ってくるタイプは、
インテリタイプ
実業家タイプ
成り上がりタイプ
様々だったが
ママは、娘たちの生活の為
体を張って仕事をしていたので
男も厳選して付き合っていた
0001
オヤジがいなくなってからは
ママは仕事は大変だったが
実入りは全て自分に入るように
なったし、行動の制限が
全く無くなったので
水を得た魚のように自由に
生活していた

定期的に関東の僕の
アパートに慰安に来るように
なっても、オヤジの所へは
行ったことが無かった

娘たちには、
「パパの所へ行ってくる」
と言いつつ、来る場所は
僕のアパートだった

僕は姉妹はいるが
息子は僕一人

実家にいる時に
思春期の僕は
表向き上、娘と
息子を分けて
扱っていた

特に親父は厳しかった
結局、18歳で卒業する前に
事業を失敗して
関東に逃げていって
家族は途方に暮れて
いたような無責任男
だったが

ママは、基本男尊女卑の
時代の女なので、オヤジに
したがって、娘を箱入りにし、
息子は、外で鍛えると言う
オヤジの方針に表向きでは
あるが従っていた

しかし、オヤジが事業を
失敗して、逃げた姿を見て
180度考え方が変わった
ようだ

僕は、自力で関東の
公立大に入って
何とか、自給自足の
生活を始めた
0007
ママが僕に性教育を
始めたのは14歳位だった
が、僕が一人暮らしを
始めるまでは、家族には
内緒で、僕には冷たい態度を
わざとする時もあった

そのような思春期を
僕が経験したことや
自力で、公立大に
入って、自活している
息子の僕に、申し訳ない
とママは思っていたのか
本当は、息子を溺愛した
かったが、それが出来なかった
ので、今になって、ママの
ストレスが爆発したのか
ママは、自由奔放に
僕に、ママの肉体を
与えるようになった

まるで遠距離恋愛の
年の差カップルのようで
ママは、僕に会いに来るのを
楽しみにしていた

逆に僕が実家に帰るのは
隠れて、母子相姦するのが
面倒なようだったので
夏休みも、数日帰るだけで
後はママが、有休を取って
僕のアパートに入り浸っていた

そんな、僕の大学生活が
始まった

僕は、少し大学をさぼって
いろんなことにチャレンジ
していたので、留年したが
誰にも迷惑をかけていないので
文句も言われなかった

オヤジが、実家に帰っても
ママは、僕のアパートに
慰安に来てくれた

結局卒業するまで
僕へのママの性教育は
続いた

ママは、若干40歳
油の乗りきった、今で言う
”熟女”であった。

僕はママの一番おいしい
時期の女盛りを、独占し
ママの体を貪るようにして
楽しみ、ママも僕との
性生活をエンジョイ
していた

勿論ママは、仕事の為に
体で営業する事もあったので
基本僕以外とのセックスは
コンドームをしていたが
僕との生での中出し
セックスの為にピルを
常用していた

ママは、一応まだ妊娠
出来る体だったのだ

僕は、そんな熟れて
まだ妊娠して母乳も
出るような、実母の
肉体を独占していた
ことを嬉しく思うと同時に
誇りに思った
0016
今まで、封印されていた
僕へのママの母性愛情を
堰を切ったように、ママは
僕に注いでくれた

これが、僕の大学時代の
一番の良い思い出です。
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